文豪たちは今日も生きている~何でもないはずの日常に潜むレトリック~

30代後半ともなると、日常で降りかかるあらゆる出来事に関心を示せない自分がそこにはいた。「こういう時にはこうやって対処すれば良かったよね。」いつの間にか、ステレオタイプ化された自分。。。そんな ”ありふれた日常” にも、本当は潜んでいるはずの非日常を探しに・・・

”〇〇必勝法” の誘惑に勝てるか

昔、日テレの番組で、『アメリカ横断ウルトラクイズ』というのがあった。

 

私たち世代なら、小学生の頃までやっていたので記憶にあるだろう。

最初は、東京ドームの〇✖クイズから始まり、クイズを勝ち進むにつれアメリカ大陸に渡り、最後はニューヨークの自由の女神が見えるところで決勝戦っていう番組です。

今でも、夏頃には『高校生クイズ』というのが行われている。いた!?かな??

残念ながら、アメリカ横断~の方はとっくに番組は終わっていて、その後もしばらくの間は高校生クイズの方は行われていた。LIONの提供で。

そういえば、「何がでるかな何がでるかな」でお馴染みだった小堺一機の『ごきげんよう』なんて番組もあったなぁ・・・サイコロコロコロ・・・サイコロがコロコロね(笑)

 

なんて、懐かしみたいわけではない。

 

 そう、アメリカ横断ウルトラクイズの話。

 

 

「気力・体力・時の運」

クイズを勝ち進めて行くのに、そういう決まり文句があった。

なんだか、スポーツや人生と被るけど(^-^;

 

どんどん人数が絞られてきて、アメリカ大陸に渡って、早押しクイズぐらいまで勝ち進めた段階で負けてしまうと、日本へ帰る前に「罰ゲーム」というのが待っている。

この罰ゲームをやらせる、というのが視聴率アップに貢献していたから人気番組として長年君臨し続けていたというのはあっただろう。

 

 当時、小学生だった僕は、「なんでわざわざ罰ゲームなんていう嫌がらせをやらせるんだ。可愛いそう。」ぐらいに思っていた。

何が楽しいのか分からない。

小学生の感覚なら、まともといえばまともかな?

 

そんな小学生の僕が、非常に、もうスーパーミラクルウルトラ印象に残った罰ゲームというのがあった。

大人になった今でも、たまに思い出すことがある罰ゲーム。

 

知りたいですか?(笑)

 

 

 

その昔、Mrマリックというマジシャンが超人気で、一世を風靡した時期があった。

 「ハンドパワーです」の人です。

スプーン曲げとか、諸々の... ”手品” とは一味違ったマジックを披露してくれた人。

手品だとタネがあるから、タネ明かしされると「なぁーんだぁ」ってなるけど、ハンドパワーは違った。

タネが無い。

タネが無くて、あくまで ”ハンドパワー” の力で不思議な現象を起こすんだと。

そういうマジシャンだったわけです。

 

さて。このMrマリックとアメリカ横断ウルトラの人気時期は一致していた。

 番組プロデューサーなら、当然考えるわけです。

「Mrマリックを使えないかな」と。

 

そこでMrマリックが登場したのが、ある罰ゲームのとき。

その罰ゲームは、Mrマリックが考えた(本当は番組スタッフなんだろうけど)ものだった。

 

 

『神経衰弱』

早い話これだけ(笑)

そう、あのトランプを使った神経衰弱というゲームと瓜二つのゲームなんです。

トランプを全て裏返しにしていて、自分の番のとき一枚ずつ表にして、一回の番で計二枚を表にして、同じ数字だったらそのカード二枚を自分の物にし、合計のカード取得枚数を競うゲームです。

 

大切なのは、どこに何の数字のカードがあったのか、 ”しっかり覚えておくこと” である。

 

Mrマリックの罰ゲームは、数字ではなく、「A~Z」までの26枚のアルファベットカードの裏側に書いてある言葉を覚えるというゲーム。

例えば、A=桜、B=東京、C=車・・・のように、カテゴリーがバラバラの言葉が各カードの裏側に書いてあって、それを覚えていく。

正しく答えられたら、そのカードを自分の物にし、合計のカード取得枚数を競うというゲーム。

 ルールは至って簡単!

 

えっ!それのどこが罰ゲームなの?

Mrマリックはどこで絡んでくるの??

 

そう思いますよね!?

 

この罰ゲーム。

実は、通常時の罰ゲームとは一味違い、『敗者復活戦』なのである。

ゲームで一番多くのカードを得られれば、その勝った誰か一人だけは敗者復活できるというゲームだった。

 

負けると...

永遠に忘れることができない

それらアルファベットカードの裏に何の言葉が書いてあったのかを...

 

ゲームに勝ったただ一人には、言葉の忘れ方ともう一つ!プレゼントが用意されていた。

それが、「Mrマリックの手形がプリントされたTシャツ」だった。。。

 

Mr「この手形には私のハンドパワーが込められているので、もしあなたがこのTシャツを着ている限り、クイズを勝ち抜いていけますよっ!」

 

 

 今から考えると・・・

これは、ヤラセの要素があった番組だったかもしれないけどね。

 

 

その敗者復活戦で勝った人は、それからというもの、必ずTシャツを着てクイズをし、本当に自由の女神ニューヨークの決勝戦まで勝ち抜いてしまう。

 

 

ヤラセだったかどうか分からないけど。

 

小学生の僕が鮮明に覚えていること。

そして、大人になった僕が今でも思い出すこととは・・・

 

”あなただったら、Tシャツを着て決勝戦に参加しますか?”

 

 

 

 「今日も、そのスーツの下にはTシャツを着ているんですか?」

 アナウンサーの投げかけた質問に、視聴者の誰もが聞き耳をたてたことだろう。

 

勝戦は毎年、クルーザーみたいな船だったか豪華客船の上だったか...

とにかく、船の上が決勝の戦場なのだった。

遠くには、ライトアップされた自由の女神

毎年必ず、映像が映し出された。

そして、決勝を始める前に、アナウンサーから必ず二人の挑戦者に対して、長かった戦いを勝ち抜いてきたことへの労いの言葉とともに、一言、コメントを投げかけるのだった。

 

「いえ。」

この一言の言葉の意味を理解するのに、子どもだった僕にはどれぐらい時間がかかったのだろうか。。。

 

どれぐらいの間があったか。

「それはなぜですか?」

アナウンサーからのマイク越しの質問が夜の闇にエコーした。

 

「自分の実力でどれぐらい戦えるのか、試してみたかったんです。」

 

 

結局。

決勝では負けてしまう。

 

子どもだった僕は、「馬鹿な奴だなぁ。Tシャツ着てれば決勝だって勝って、優勝していただろう。」と思ったのを鮮明に覚えている。

 

 

 

月日は流れ・・・

 

僕も小学生から中学高校、大学、就職して、気付けばあの挑戦者と同じぐらいの歳になっていた。

 

今もし、僕があの挑戦者と同じ立場なら。

 

Tシャツは着ない。もちろん。

なぜなら、、、自分の実力でどれぐらい戦えるのか試してみたいから。

 

 

巷で、『〇〇必勝法』という本をよく見かける。

パチンコ、競馬、株などの賭け事・お金に関するものが多い気はするが、言葉は変えて『〇〇心理学』のように恋愛や仕事で成功するための成功術のようなものまで出回っている。

 

参考にはなる。確かに。

 

もし、「90%以上の確率で成功する必勝法」というのを知れるとしたら。

あなたはその術を学んだり必勝法を知ろうとしますか?

 

 

別に、悪いことではない。

 

ただ、一点。

もし、それで成功したとしても、本当に幸福感や面白さを楽しめるのだろうかと。

 

子どものころ、ファミリーゲームが好きで、とくにRPGが好きだった。

ドラゴンクエストやFFの類。

そういうゲームには、必ず『攻略本』というのが販売され、当時はそれを買うのが好きだった。

 

「その通りに行えば、必ず成功すると分かっていてゲームを進める」

今から考えると、そんなものに時間を費やして何が楽しかったのだろう...なんて思ってしまうが(^-^;

ゲームそのものを楽しむというよりは、「ゲームに勝つこと」が当時の目的だったと思う。

勝つことが目的なら、必勝法は絶対に知れた方が良い。

でも、遊び本来の目的からはズレていってしまう。。。

 

 

人生は、多くの選択だが。

「自分の判断で決断し、失敗や成功を経験する」

というのが、何よりも人生の醍醐味なのではないか。

 

歳を重ねるにつれ、そういう結論に行き辿り着くのだ。

 

先人たちの知恵を借りながらも、それは100%ではない。

『甲の薬は乙の毒』ではないが、他人にとって良いことが自分にとっても良いこととは限らないのだ。

 

 

そんなことをこの頃よく思う。